2007年12月10日

◆ 5次元宇宙(リサ・ランドール)

 リサ・ランドールという女性物理学者の唱えた「5次元宇宙」という理論が話題を呼んでいる。素人はこういう話を聞いて、「面白い」「これが最新物理学だな」とと思うものらしい。では、これは正しい理論か? 
 私の見解を言えば、これは間違った理論だと思う。発想からして中途半端な発想にすぎず、真実とはまるで違った方向を向いている。

 ──

 まず、初めにお断りしておくが、本項は、
 「5次元宇宙論は、間違った理論である」
 と断定しているわけではない。理論物理学の世界では、さまざまな理論があるが、実験で検証されていない限りは、どれが正しいとも間違っているとも言えない。いまのところ、どれもが未検証であるから、どれもが対等の資格である。
 したがって、私が5次元宇宙論を否定したとしても、それは、
 「私が正しくて、5次元宇宙論が間違っていている」
 ということを意味しない。逆に、
 「私が間違っていて、5次元宇宙論が正しい」
 ということも、同じ資格で成立する。(論理的には。)

 ただし、はっきりとしていることがある。「この両者はたがいに相反するので、両方は同時成立しない」ということだ。

 その上で、私の立場から、「5次元宇宙論はいかにデタラメか」ということを示す。

 ──

 では、5次元宇宙論の難点を指摘しよう。

 まず、基本的な態度が、いい加減すぎる。
 「宇宙は5次元宇宙でなくてはならない」
 という必然性がまったくない。かわりに、次のように主張する。
 「4次元宇宙では解決がつかないが、そこに新たな概念を追加する。そのとき、新たな次元も追加する。そうすると、これまでに解決できなかった問題が、新たに解決できるようになる」

 こういうふう立場は、「つじつま主義」という項目で、私が厳しく批判したものだ。
 「現状では、問題が起こるが、現状をちょっと変えれば、うまく矛盾を避けられる」
 という立場だ。ご都合主義に過ぎる。それは、現状に比べれば、ある程度、真実に近づいている。しかし、真理そのものではなくて、嘘の世界から真実を垣間見ているだけだ。

 歴史的に言うと、「ローレンツ収縮」というものがある。「このように物質が伸び縮みすると考えれば、矛盾が起こらない」というふうに。……こういうふうに、矛盾を起こさないように、新たな概念を付け加えるのが、つじつま主義だ。

 一方、本質主義というのもある。まったく新たな原理を前提とすることで、つじつま主義の主張を体系の一部として結論するようなものだ。たとえば、アインシュタインの相対論がそうだ。

 ──

 5次元宇宙論というのは、「ローレンツ収縮」と同様で、ご都合主義の新概念で既存の理論を変形したものにすぎない。それは、既存の理論よりは真実に近いし、真実の一部を垣間見ているのだが、あくまで真実ではないのだ。そのせいで、いろいろと、困った結論(理論の破綻)が起こる。
 たとえば、「並行宇宙」というような結論だ。こういう馬鹿げた結論を平気で出しているところからして、頭のネジがイカレているとしか思えない。
 つまり、小さな問題を解決するために、より大きな根本的な大矛盾を引き起こしてしまう。それでいて、平気でいる。
 「根本的な大矛盾が起こるように見えますが、小さな問題を解決できるので、私の言っていることは正しいのです。根本的な大矛盾が起こるように見えても、そちらが真実なのです」

 これは、気違いの理屈と同様だ。
 「この地球は、宇宙人に征服されており、われわれはすべて脳内の微小な宇宙人細胞に操られているのです。しかし、そう気づかないように、宇宙人に操作されているのです。……こう考えれば、空飛ぶ円盤の謎が解決できます」
 うざいですねえ。空飛ぶ円盤の謎が解決できようができまいが、そんなことはどうでもいい。それより、この世界の根本について、根源的に狂った発想をするのだとしたら、そんなものは信じがたい。にもかかわらず、そんなことを主張するとしたら、そんな連中は気違いだ。

 5次元宇宙論も、同様である。ただの「つじつま主義」による妄想だ。

 ──

 ではなぜ、そのように結論できるか?
 具体的には、次の難点がある。
  ・ 量子論と相対論の統一ができていない。
  ・ シュレーディンガーの猫の問題がすっきり解決できていない。
  ・ 「量子は、粒子か波か」という問題にうまく答えていない。
   (普通の量子論と同じで「同時に成立する」と答える。変だ。)
  ・ 「量子は、局在するか遍在するか」という問題にうまく答えていない。
   (これは、「粒子か波か」と同じだが、同時成立は不可能だ。)
  ・ 「並行宇宙」論という奇怪な結論を導き出す。


 これらはあくまで、個別の結論だ。具体的ではあるが、このこと自体が特に問題だというのではない。こういうものをすべて導き出すように、「不完全な理論」だ、というのが問題なのだ。
 そのことは、これらをすべて解決する「完全な理論」と比較すると、よくわかる。

 ──

 では、「完全な理論」とは? ……それは、「超球理論」だ。(私の見解)
 この理論によれば、真実は次のようになる。

  ・ 宇宙は、5次元でなく、10次元である。
    (ただしいずれも微小な次元である。超ヒモ理論と同様。)

  ・ 宇宙は、虚数の次元をもつ。
    (リサは、実数の次元しか、理解していない。)

  ・ 重力子という量子は、存在しない。
    (重力は、他の力とは、まったく違った種類の力だ。
    (重力の原理は、超球という概念で理解される。)

 ──

 要するに、5次元宇宙論の発想は、次の通り。
 「既存の理論の枠組みの中で、新概念と新次元を加えて、問題を解決する」
 「重力もまた、あらたな新概念によって、従来の力の延長上で理解される」


 一方、超球理論の発想は、次の通り。
 「既存の理論の枠組みとは、まったく異なる原理を導入する」
 「重力は、従来の力とはまったく異なる種類のものとして理解される」


 ──

 なお、超球理論は、重力理論としてみれば、「一般相対論の表現を変えたもの」であるにすぎない。一般相対論とほとんど等価である。つまり、重力の意味は、こうだ。
 「重力とは、空間の歪みが物体に及ぼすものだ」
 ここでは、空間が力を及ぼすのであって、量子の原理(電磁波や、強い力・弱い力)によって力が起こるのではない。力の原理はまったく違うのだ。

 5次元宇宙論は、従来の量子力学の延長上にある。すなわち、重力を、電磁波、強い力、弱い力の仲間としてとらえている。「空間の及ぼす力」というふうにはとらえていない。
 その意味で、5次元宇宙論は、真実とはまるきり異なるところから発想された理論であり、正しい理論ではない。将来的には「ゴミのような仮説の一つ」として捨てられてしまうだろう。

 以上が「超球理論」からの結論だ。

 ──

 ※ 本項のポイントは、次のこと。
 「相対論と超球理論は一体化しているが、5次元宇宙論は(他の量子理論と同様に)相対論とは食い違う。その意味で、相対論が正しければ、5次元宇宙論は正しくない」

 ※ 素人向けには、次のように勧告できる。
 「5次元宇宙論は最新の理論だから正しい、と思うのは、早計である。一般に、科学の分野では、最先端の仮説の大半はあっさり捨てられる。5次元宇宙論もまた、そういうゴミのような仮説の一つにすぎない。おもしろい、おもしろい、と喜ぶのはいいが、くだらない科学の冗談として遊ぶだけにした方がいい。5次元宇宙論においても正しい点もあることはあるが、そんなことをいちいち気に留める必要はなく、ほとんどすべては あっさり捨ててしまっていい。どうしても聞きたければ、落語だと思って聞き流す方がいい。聞いたとしても、あっさり忘れてしまうべきだ。覚える価値はまったくない。なぜなら、虚偽なのだから」

 ──

 【 注記 】

 あらためて注記しておくが、本項は私の見解である。別に物理学の世界の公的な見解ではない。多くの見解のうちの一つにすぎない。その点は、本項の冒頭に述べたとおり。
 本項を読んだあとで、
 「なるほど、そうかな」
 と感じてもいい。一方、逆に、
 「いや、納得できない。5次元宇宙論の方が納得できる」
 と感じるなら、それでもいい。いずれにせよ、どれもが未検証の仮説である。どれが正しいとも現状では判定できない。

 ただし、理論的な美しさならば、あっさり判定が着く。
 5次元宇宙論は、美しくないのだ。もともと統一的な原理によって説明されるのではなく、あとから追加されたもので構築されている。建物で言うと、「リフォームされた」という感じだ。一見、きれいに見えるが、あくまで建て直しの中古建築である。ゼロから建てられた新築とは違う。……当然ながら、5次元宇宙論は、つじつまで歪められたところがあり、「初めからきちんと体系的に整然と述べられている」という感じがしない。
 その意味で、この理論は、美しくない。(既存の理論に比べれば、部分的に美しいところはあるが、全体としてみれば、建て増しされた日本旅館みたいで、あちこちに追加部分が付きだしていて、美しくない。)



 [ 参考 ]
 現在(2007-12 上旬)において発売中の科学雑誌「Newton」に、5次元宇宙論の解説がある。そちらを読んでもいいだろう。
 なお、リサ・ランドール本人の著作もあるが、「それを読めばいい」というふうにはお勧めしない。なぜなら、「それを読めば真実がわかる」のではなくて、「それを読めば真実らしい虚偽の理論がわかる」だけだからだ。「いかにして真実らしいペテンを理論を述べるか」ということはわかる。ただし、そこに書いてあることを理解したとき、あなたは真実を知るのではなく、うまくペテン師にだまされたことになる。
 ま、「だまされるために本を読む」というのは、文学書の醍醐味だ。だから、科学的な文学(SF)のつもりでの読むのなら、それでもいいだろう。ただし、読み終えたあとは、すっかり忘れてしまうべきだ。嘘を信じ込んでいると、あなたは嘘の世界(バーチャルワールド)に生きることになる。
 これじゃ、科学オタクみたいなものです。

 ──

 p.s.
 すぐ前のあたりで、リサ・ランドールのことを「ペテン師」と表現しているが、これは別に、彼女を批判しているわけではない。小説家と同様の嘘つきだ、というふうには言っているが、仮説というのはどれもみなその時点では嘘っぽいのだから、嘘をついて悪いわけではない。その時点では嘘かまことか判明していないのだから、別に悪いことをしているわけじゃない。
 じゃ、何が悪いか? 嘘かまことかわかっていない仮説を、さも真実であるかのごとく持ち上げて「5次元宇宙論を唱えたリサ・ランドールはすごい」とお祭り騒ぎをしている連中だ。
 こういう連中は、2ちゃんねるあたりでお祭り騒ぎをするのと同じである。真実か否かもわからないまま、単に「面白い」という理由で大騒ぎする。
 「みんなが騒いでいるから、自分も騒ごう」
 と思う連中が多すぎる。むしろ、騒ぐ連中からは、身を引くべきだ。

 新たな真実は、大騒ぎする明るい祭りの場にはなく、人々の気づかない暗がりに、こっそりひそんでいるものだ。



  【 追記1 】
 上記(いくらか前のあたり)では、リサの理論を「建て増し」などと形容した。
 では、どういうところが「建て増し」ふうか? それは、まあ、面倒な話になるが、説明しよう。(ちょっと専門っぽい。)

 「建て増し」というのは、たとえば、5次元とか何とか、いろいろとあるのだが、中でも典型的なのが、いわゆる「発散問題」というやつだ。
 これは、量子力学では根源的な問題となっている。これに対して、現在の量子力学は、問題の回避はできているが、根源的に問題が生じない理論とはなっていない。……このことは、現在の量子力学でもそうだし、リサの理論でもそうだ。(リサの理論は現在の量子力学の延長上にある。)
 また、相対論との整合性も、同様に問題となっている。

 一般に、現代の量子力学が不完全な理論だということは、かなり合意されているだろう。不完全な範囲で、かろうじて少しずつ体系を拡張しているだけだ。それは、初めから完全な体系である数学理論とは、まったく様相が異なる。

 実は、そもそも、量子力学という体系そのものが、演繹的な体系ではない。これは、公理から導き出される体系ではなくて、便宜的な仮定と近似的な計算による、つじつま合わせの体系である。「必ず正しい」というよりは、「正しそうな計算をいろいろやってみたら、そのうち一つだけは、うまく実験結果に合った。だから、これは正しいのだろう」と推測するわけだ。
 ここでは、合理的に決めると言うよりは、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」というような方法がまかり通っている。
 量子力学を、数学的な理論的手法が通じる学問だと思ってはならない。どちらかと言えば、実験で試行錯誤する工学に近い。少なくとも、これまでの歴史はそうだった。
( ※ なお、理論開発の途上では、高度な数学的な処理が必要だ。それで人々は、「数学的な理論だ」などと勘違いしやすいわけだ。「数学を使っている」ということと、「数学である」ということとは、全然別のことなのだが、その区別ができないわけだ。)
( ※ 物理学でなされる数学とは、公理的な体系というよりは、「どうやったら複雑な式をうまく簡単な近似で表現できるか」というような計算が多い。それは、「どうやったら真実を発見できるか」というのとは、全然別のことだ。)

  【 追記2 】
 リサ・ランドールの説について、次のような説明がなされることがある。
 「粒子が消滅するのは、粒子が異次元(第5次元)に移るからだ。とすれば、粒子が消滅する現象をうまく確認することで、異次元(第5次元)があるという説が正しいことがわかる」
 これは論理的に間違っている。

 「異次元に移る」というのはいいが、その「異次元」というのが「第5次元」である必要はない。実際、超球理論では、計10の次元があって、(計)3次元空間から他の(計)6次元空間へと粒子が移る。だから、移る先の次元が特に「第5次元」である必要はない。
 また、超球理論における(計)6次元は微小次元であるが、リサ・ランドールの説の第5次元はマクロ次元である。粒子が消滅したからといって、その移る先の次元がマクロ次元であることは保証されない。

 結局、「粒子(のエネルギー)が別の次元に移る」という発想そのものは正しいのだが、それの移る先が特に「第5次元」であると見なす発想は正しいと言えないわけだ。混同しないように注意。

  【 追記3 】
 第5次元が存在しないということは、かなり強く確言できる。
 仮に第5次元が存在するとしよう。とすれば、われわれの宇宙では、エネルギー保存則電荷保存則が成立しないことになる。なぜなら、われわれの次元にあるエネルギーや電荷は、第5次元に逃げてしまうことが可能だからだ。
 一方、われわれの宇宙では、(時間の次元を別として)2次元平面ではエネルギー保存則や電荷保存則が成立しないが、3次元の立体空間ではエネルギー保存則や電荷保存則が成立する。エネルギー保存則や電荷保存則は、この世界における絶対的な真実だ。(それが現代物理学の立場だ。私も支持する。)

 以上のことから、第5次元は存在しない。少なくとも通常の意味の次元では、第5次元は存在しない。
 また、通常の意味の次元とは異なる意味で第5次元というものを考えるのであれば、それは一種の抽象的思考にすぎない。実態性がなくて、「考える上で便利だ」というだけのものにすぎない。もちろん、検証もされない。そんなご都合主義で物事を考えるべきではない。( → つじつま主義
 どうせなら、ご都合主義でなく、もっとまともに物事を考えるべきだ。たとえば、超球理論で。



 「超球理論とは何か?」
 を知りたければ、次のサイトをご覧ください。
 「量子論/量子力学 …… その最前線 」
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/quantum.htm

 簡単に原理を知りたければ、上記のページをひととおり読んだあとで、次のページをご覧ください。
 「玉突きモデル」
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/billiard.htm
 


 

 後日記。( 2008-03-27 記す )
                              


 本項ではリサ・ランドールの理論を、かなり厳しい口調で批判している。いささか厳しすぎるようにも思えるので、その点について注釈しておこう。

 本項を公開した時点(2007年末)では、リサ・ランドールはマスコミの寵児というありさまだった。NHKや科学雑誌を初めとして、あちこちで「すばらしい天才物理学者」と持ち上げられ、「この五次元時空論こそ、宇宙の絶対的真実だ。いずれは証明されるだろう」というふうに もてはやされた。
 そして、だからこそ、そういう甘い見解を中和するために、本項ではことさら苦い厳しい見解を提出した。砂糖に対する塩のように。

 しかしながら、それから数カ月を経てみると、リサ・ランドールに対する批判的な見解もかなり広く見られるようになった。「正しいかもしれないし、正しくないかもしれない。どっちかはわからないよ」という中間的な判断留保が広く見られるようになった。
 これには、本サイトの影響もいくらかはあったのかもしれないが、ともあれ、こういうふうに中立的な見解が広がるのは、好ましいことだ。それこそが、本項の狙いだったのだから。

 そして、そういうふうに世論が是正されてきたのであれば、本項の苦い厳しい見解は、いささか調子はずれふうに思えるかもしれない。相手が甘ければ、苦い味もいいだろうが、相手が甘くなければ、苦い味は不快に感じられそうだ。
 とはいえ、今さら、本項全体を書き直すのも、手間がかかる。というわけで、書き直すことはせずに、歴史的な事情を、ここに補記しておくにとどめる。「後日記」という形で。



 
posted by 管理人 at 20:20 | Comment(1) | 科学
この記事へのコメント
 最後よりも少し前のあたりに、  【 追記 】  を加筆しました。
 タイムスタンプは、下記。 ↓
Posted by 管理人 at 2007年12月18日 22:46
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